がーるの生きてるだけで御の字

希死念慮に取り憑かれつつ、なんとか生きてるって毎日を綴ってます

2017-06-20から1日間の記事一覧

ジム通い

自殺未遂?後、私はジムに通いはじめました それは、相変わらず自宅に籠ると死にたい連鎖が始まるから だけど、何も頑張りたくない私は、とりあえず身体を動かして気分を紛らわす事にしました 先の見えない人生や幸せと違い、やった分だけ成果にでます 結果…

タイトルについて お目汚し失礼します

現在も死にたいと願いつつも、こういうタイトルをつけたのは2つ理由があります 一つは、私が昔イラストを描いてた時に、よくみてくださる方が教えてくれた『オンノジ』という本 脳腫瘍の恐怖に怯えていた頃、偶然私に似たイラストの本があるというのでみて…

希死念慮に取り憑かれて

色々な助けを借りつつも、祖母の入院、施設探し、母亡き後の実家の管理、父親の分も含めた行政関連の対応、仕事も生きる気力もないまま相変わらず世界は私に干渉をやめません また、片方とはいえ、聴覚の欠如はあらゆる場面にのしかかります たくさんの人に…

それから

飛び降りるには絶好の場所を見つけた私は、なんだか嬉しくなり、ついでに景色を散策します 何故かその時みた自然は、凄く鮮やかで、風は心地よく、夜の月は暖かな光で私を照らします 月明かりの中で、ふと、私は私より辛い体験をしながらも、私を気にかけて…

自殺したい

母の葬儀の前日、無口になった母と2人で過ごした夜 私の口から出たのは感謝の言葉と、我が傷を癒す時間もくれず、負担と悲しみに追い討ちをかけた事への恨み 翌日、葬儀の日、悲しみの気持ちを口にする参列者と父親や祖母の中で、私には悲しみがもうありませ…

母との別れ2

やがて母は喋る事が出来なくなり、ICUに入ったままの状況が続きます 私は、できる限りの神社を回り、お守りを病院にその都度飾ります しかし、自宅では痴呆の祖母が時折問題を起こし、父親は行政の手続きも、祖母の介護についてのやり取りもしてくれません …

母との別れ

それから1月もたたないうち、母はまた胃腸炎と診断されました 癌を治療した病院が、検査先に選んだ場所です また胃腸炎なわけが無い、と訝しみましたが、母は再発ではない事に安堵してたようでした しかし間も無く、ベッドから起き上がれなくなり、癌を治療…

叔父の死

退院後も、叔父は熱心に世話をしてくれ、本当に父親より大きな存在になっていました 退院祝いで買ってくれたケーキが未だに焼きついています それから実家にようやく帰った日の夕方、祖母から電話が 叔父が死んだとの事 身体中から力がぬけ、病院に着くまで…

手術と退院

顔が変わる可能性については割と受け入れられたのですが、左の聴覚を永遠に失う事が恐怖でした それと開頭手術の内容 同部屋の年配の方々や、看護師さんに励まされる日々が続きます そして、、手術の日、たくさんの医者に囲まれ、手術台に自ら歩いてのる事に…

『脳腫瘍』との闘い

自分の顔の違和感に不安を覚えつつ、母の病院へ向かう毎日 私の両親は脳性小児麻痺で障害者手帳一級なのですが、明るく優しかった母と違い、父は障害は少し軽いのですが、コミュニケーションや考え方に難があり病院にも週に一回行くか行かないかという有様で…