がーるの生きてるだけで御の字

希死念慮に取り憑かれつつ、なんとか生きてるって毎日を綴ってます

パートナーとの別離 母の体調悪化

誕生日の2日前、2月16日、医師からもう回復しない旨を告げられました

なんとなくそんな気はしてたものの、幾分落ち込みながらも帰宅

 

それでもなにか改善しないかと必死です

パートナーからは補聴器を何度か進められましたが、補聴器は15万で五年間しか持たないという事と、何より自分が補聴器をつける立場になる事が受け入れられませんでした

 

3月14日、ネットのニュースでパートナーの近辺で事件が多発してるのを夕食時に知った私は、内心不安に駆られながら急ぎ帰宅

パートナーからのメールが来た事に安堵しながら、中身を開くと、とても私には受け入れられない文言が

 

激情に駆られた私は、激しく罵り、関係を断ちました

 

今に至るまでたくさんの後悔と、シフトを変えたり徹夜で悩みに真剣に付き合ってたのに、私が一番苦しい時によくこんな事をかけるなあという憤り、

未だにこの時のことは引きづり続け、希死念慮の一つの要因になっています

相手には私が支えになれてたけど、私には相手も含め、家族にも頼れなくなっていたため、この頃から精神が不安定になりました

 

そんな想いを引きづりながら、5月の初日、母のヘルパーから深夜に電話

母が思わしくない、とのこと

土砂降りの中帰宅した私に、いつも気丈な母はいつになく弱気で、『祖母を呼んで欲しい』と嘆願

 

激しい嘔吐と発熱

弱々しい声

深夜に祖母を呼び起こして来て貰い、付きっ切りで一夜が明けました