がーるの生きてるだけで御の字

希死念慮に取り憑かれつつ、なんとか生きてるって毎日を綴ってます

母と私の闘病

翌日、近くの病院へ

病名は『胃腸炎

日中は祖母、深夜は私  そんな生活が続きます

二週間後、無事回復

 

しかし、程なくしてまた体調を崩します

この頃から、私も舌の左側が痺れはじめていました

 

母の診断はまたしても胃腸炎

前と同じく、祖母を呼んで看護

 

間で再度耳鼻科へ

重度難聴になっていました

突発性難聴の症状に疑問が出ていた私は、医師に質問

すると医師は怪訝な顔をしながら不愉快そうに疑問を否定

今でもこの医師に激情をぶつけたくなりますが、母の事が心配で気持ちを切り替えます

 

その後、幾度となく体調を崩す母に、どうしても不信感を感じた私は、大きな病院を勧めます

病院から緊急連絡があり、駆けつけると大腸癌との事

 

聞かされた瞬間、母が亡くなったら生きる意味はなくなる、という考えが刹那、浮かびました

 

それから病院へ往復する毎日が始まります

 

この頃には、私の左の頰も痺れてきていました