がーるの生きてるだけで御の字

希死念慮に取り憑かれつつ、なんとか生きてるって毎日を綴ってます

『脳腫瘍』との闘い

自分の顔の違和感に不安を覚えつつ、母の病院へ向かう毎日

 

私の両親は脳性小児麻痺で障害者手帳一級なのですが、明るく優しかった母と違い、父は障害は少し軽いのですが、コミュニケーションや考え方に難があり病院にも週に一回行くか行かないかという有様でした

のみならず、自分のレクリエーション等には参加する始末で、前からあった確執はこの頃には更に深いものとなっていきました

 

私も左目まで痺れがきてしまい、只事じゃないのにきづいていました。

しかし親族もあまり助けにはならず、とりあえず母が手術を終えるまでは、私がそばにいようと決意し、母の手術を見届けてから同じ病院で診てもらうことに

 

診断は脳からではないとの事で、耳鼻科をもう一度受診するようにいわれました

 

翌日、耳鼻科を受診すると脳外科を勧められ、MRIを撮ることに

 

診断は脳腫瘍  良性で3.1センチになってるので、開頭手術になるとのこと

 

相次ぐ不幸に肩を落としながら、開頭手術の響きに少し死を意識したところでした

急に昔のパートナーを傷つけたことの罪悪感が蘇り、強引に謝罪をしたのもこの時期です

 

幸い、母は容態が安定したため、私も不安を消せはしないもののなんとか手術を待つ事に

 

入院から手術までは父より父のように接してくれてた叔父が、入院費に至るまで何もかも準備してくれました

母も退院していましたが、障害のため、私の一切をしてくれたのは叔父になります

手術の不安は、左の聴神経を取ってしまう事と、麻痺が残る可能性