がーるの生きてるだけで御の字

希死念慮に取り憑かれつつ、なんとか生きてるって毎日を綴ってます

叔父の死

退院後も、叔父は熱心に世話をしてくれ、本当に父親より大きな存在になっていました  退院祝いで買ってくれたケーキが未だに焼きついています

 

それから実家にようやく帰った日の夕方、祖母から電話が 

叔父が死んだとの事

 

身体中から力がぬけ、病院に着くまで何度も、夢を見ているだけだと自分に言い聞かせました

何度も痛覚を刺激し、雨に打たれて寒さを感じ、病室で対面した叔父が全く反応しない事を実感した途端、全てが崩れました

病室の床を這いずり、もう死にたいと泣き叫び、なんのために退院したかわからないとさえ感じました

自殺を強く意識し始めた瞬間です

 

3日泣き叫び、どう過ごしたかさえ分かりません

ただ、父親が代わりに亡くなってたなら、とさえ感じました

 

しかし、母の退院後の再検査が迫っています

母のためにもう一度生きようと奮い立ち、叔父の死を考えないようにしました

 

叔父の葬儀や遺品整理は、まだ痛みの癒えない私と退院間もない母の2人でやる事に

 

祖母は退院した後には痴呆が来ており、父親は相変わらず率先して動いてはくれませんでした

 

私は、自分の経過より、母の事が心配だったため、父親や祖母に激しい怒りを覚えながら、祖母の介護認定まで2人ですすめます