がーるの生きてるだけで御の字

希死念慮に取り憑かれつつ、なんとか生きてるって毎日を綴ってます

母との別れ

それから1月もたたないうち、母はまた胃腸炎と診断されました

癌を治療した病院が、検査先に選んだ場所です

また胃腸炎なわけが無い、と訝しみましたが、母は再発ではない事に安堵してたようでした

 

しかし間も無く、ベッドから起き上がれなくなり、癌を治療した病院へ

 

子宮癌のステージ4   

目の前が真っ暗です   叔父亡き後、生きる理由になっていた母が亡くなるかも、という不安に駆られ、病室でパニックに

母はなだめますが、もう私は希望が見えなくなりました

 

もしもの時に備え、叔父の時に言えないままだった、感謝、それをできる限り伝え、できるだけそばにいました

 

子宮摘出後、母は誤飲性肺炎を起こし、我慢強かった母が『もう治療はしたくない』と私に言います

 

父親や祖母が来るのを母は嫌がったため、結局私も頼りにできる相手もいないまま、考えます

 

『自分を信じて欲しい、きっと良くなるから』

 

母は頷き、勇気がでたと言ってくれました

 

この頃には、私は吐血や血便、ゲップが止まらなくなり、始終恐怖に駆られていましたが、母と話す時だけは勇気づけたい、という想いからか、明るく振る舞えていました