がーるの生きてるだけで御の字

希死念慮に取り憑かれつつ、なんとか生きてるって毎日を綴ってます

ジム通い

自殺未遂?後、私はジムに通いはじめました

 

それは、相変わらず自宅に籠ると死にたい連鎖が始まるから

 

だけど、何も頑張りたくない私は、とりあえず身体を動かして気分を紛らわす事にしました

 

先の見えない人生や幸せと違い、やった分だけ成果にでます

 

結果が見えないとやる気の起きなくなった私は、毎日体重計をみたり、食事を気にしてみたり、少し気は紛れるようになりました

 

だけど、ふと考えます

結局成果がでても死んだら意味ないよな

 

なんでこんな事に一喜一憂してるのだろう

 

ふと思い出した事がありました

昔読んだ小説で

希死感に囚われた人物がこう呟きます

 

『何故俺は普通のコーラではなく、カロリー控えめのコーラをえらんだのだろう。死んだらどうせ意味ないのに』

 

これは、私も彼も、心の底では生きたいと願っているのでしょうか?

 

少なくとも、今日もジムに行って、今この文を書いてる時間の私はそうは思っていないようですが、いつか分かる日が来るのでしょうか