がーるの生きてるだけで御の字

希死念慮に取り憑かれつつ、なんとか生きてるって毎日を綴ってます

叔父の事

七夕が近づくなあ、と思いながら、叔父の事を考える


障害者の両親に変わって、できない事を全部やってくれた


子供の頃は叔父の家に入り浸り

親より懐いてしまって母親が困惑してたっけ


運動会も卒業式も入学式も旅行も、父親がいるべき場所は叔父が写ってる


自分が亡くなったら、この人どうなるんだろうと考えた事すらある


叔父が、一昨年脳梗塞で倒れた時に、本当に偶然、自分の誕生日と、同じく可愛がってくれた下の叔父の命日で、たまたま叔父の家にいた。  祖母は異変に気付かず、私が気づいて病院に連れてった


記憶障害が少し残ったけど、助けられた

運命だと思った


退院してからも口が開けられず、頭も痛くて、退院後3日世話になった


退院祝いでケーキを買ってくれて、ご飯から何まで世話してくれた

父親なんかより、ずっと父親


2日めの夜、叔父が夜中咳が酷くて、心配だった

帰る日に、荷物持って行くって言ってくれた叔父に、体調悪そうだから、ヘルパーに頼んで荷物を取りに来てもらい、1人で帰った


それっきり

夕方、電話があって、死んだって言われた


どれだけ感謝してたか、伝えてあげれば良かった

あの日、帰らなければ良かった

いたら、あの日のように絶対気づいたのに


自分が殺したのかも


叔父が亡くなったあと、誰もわからなかった叔父の暗証番号は私の誕生日


感動事が大嫌いだったのに、近くの七夕の飾りに、私が長生きしますように、って書いてた


誰もが母親が亡くなった悲しみで苦しんでると思ってる


まあ、叔父の関係なんて、うちは特殊なだけでみんな想像もしないんだろうな


母親も、叔父も  この世で1番大切な2人を失ってまで、生きる価値なんてあるのかな


あんなパートナーと過ごさず、正月叔父と会えば良かったよ  母親と過ごせば良かったよ


思い出すと何もかも 苦しいから、考えないようにしてるけど、七夕が近づくと思い出す


なんでこんなになったんだろ


自分の耳、健康、母親、叔父、負担にしかならない2人


よくもまあ、たった一年で、こんな酷い事が起きるもんだ


こんな不幸を超えるくらい、幸せな事なんて、多分おこらない


なんで生きてるんだろ